子育て

子どもが自ら「選択」を楽しめるためのサポートとは

自分の学びたいこと、やりたい仕事を見つけてほしい

未来や進路について、自ら選択できる子になってほしい

やりたいことを早々に見つけられる子もいれば、選ぶことが苦手な子、見つけているけれどなかなか見つからない子もいます。

もちろん親の関わりだけでなく、その子の特性も見つかるまでのスピードやタイミングも違います。

違っていいんです。

「人生は選択の連続である」というシェークスピアの名言の通り、人生において選択するものは数多くあります。

選択が楽しめたらいいですよね。楽しめるためのサポートについて考えてみました。

イヤイヤ期は第一選択期

魔の2歳とかイヤイヤ期と言われる時期は、実は第一選択期。

色々な場面でイヤイヤと自分の思いを表現しますが、着替え時や外出時にどの靴を履いていくかなどで時間がかかることも多いです。

忙しさの中で「この子は成長して、自分の思いを表現しているわ。選択を待ってあげよう」と思える余裕は…ないですよね(笑)

わたしも保育中にキーっと思うこと、たくさんあります。

だからといって、全てを受け入れることが成長につながるという訳ではありません。

大切なのは、自分でやりたい思いや選択したい思いを受け入れてもらえること。

イヤイヤに付き合ってあげられなくても「自分でやりたい気持ちがあるんだね」「選びたい気持ちがあるんだよね」と、思いに共感します。

その後「今は〇〇で時間がないから、ごめんね」など理由を伝えればOKです。

幼児期

好きな絵本、おもちゃなど同じもので何度も遊ぶタイプの子もいれば、色々なおもちゃで遊ぶことを楽しむタイプの子もいます。

親としては色々な本に触れてほしい気持ちがしたり、ひとつのおもちゃでじっくり遊んでほしい気持ちになったり。

でも、この2つって矛盾していませんか?

同じことを繰り返す、またはすぐに飽きて次のことをするデメリットって何でしょう。

息子(希生けい)が小さい時に、自分の中にある願いに気づかず色々なことにモヤモヤしていました。

もっと色々な本を読めばいいのに…

一人で遊ばずにみんなと一緒に楽しめばいいのに…

わたしの中に「オールマイティ」や「一般的な外的評価」を求める部分があったのでしょう。

子どもが何に夢中になっているのか、どんなことが好きなのかを観察・共感するほうが大事でした。

小学生

小学生になると、自分の持ち物が格段に増えます。日々使う文房具、着ていく洋服など。

小さなものほど選択の良い練習になります。これでいいだろうと準備してしまうのではなく、一緒に買い物に行って選ぶ機会を増やすことをお勧めします。

広い範囲から選ぶことが苦手なタイプの子には、AとBどちらがいいかから始めてもいいです。

予算を伝えてその中から自分で探せるようになると選択だけでなくお金についても学べます。

ポイントは子どもが選択したものを尊重すること。

子どもが考えて迷っている間は待つことです。

ついつい「そんなの選んで~」「こっちの方がいいんじゃない」「早く選びなさい」「だからあの時〇〇すればって言ったのに!」と言っちゃいがち。

選んだことを否定される。選択を誘導される…が続くと、選ぶことが苦痛になります。

選択してから「それはダメ」と言わなくて済むように、あらかじめ選ぶためのポイントや目的を子どもと考え共有しておくのもよいと思います。

中学生

早い子は小学校高学年~将来についての進路選択が始まります。

中学受験をするか高校受験をするかはその家庭ごとに違いますが、大きな選択です。

親が一緒に進路選択をしても、最終的に「自分で決めたと思えること」=「納得した答えを自ら出せたこと」がキーポイントになります。

コツコツと選択を楽しむことを重ねていけたら、大きな選択もできます。

条件付きの選択は楽しい選択ではなくなってしまいます。

「選択してごらん」と言いながら、自分がいいと思う道に誘導しないことを意識しましょう。

子どもが選んだことが遠回りに思えたとしても、できる範囲で尊重する。

その積み重ねで子どもは自分で選択することに自信をつけていきます。

わたしたちがサポート出来ることは、子どもが選択することを安心してできる関係作り。

自分の選択の迷いも失敗も含めて、選択することの楽しさは普段の会話で伝えるようにしています。

子どもと自分の存在価値は別のものと意識する

つい最近、希生のスマホの画面がモノクロになっていて驚きました。

YouTubeを見て、だらだらと過ごしてしまうことへの対策だそうです。

自分の時間をどう使うかという彼なりの選択です。

少し前までかなーりスマホを見ていました。

心配する気持ちも多少ありながら、自分と子どもを切り離すことを意識していました。

勉強をするもしないも、大学に行くか行かないかも、希生が選択することです。

ちなみに切り離すと見捨てるは違います。誰かの望む行動をしていてもいなくても、希生は希生ということです。

わたしもいつも笑顔で家の中をきれいに保てる母&妻を求められたら苦しい。無理(笑)

わたしはわたしのままでありたい。

そう思えるようになったのは、自分がどんな願いから相手に対して不満を抱えるのかを見つめられるようになったことが大きいです。

これからも、希生の選択を信じて見守りたいと思います。

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